周囲を山に囲まれた川沿いに田んぼが広がる。
いたるところに小高い丘陵があり、その向こうに少し高い山が見える。
手前の丘陵と奥の山が見せる景観は、毎日違った美しさがある。
植林全盛期の1950年前後、当然のことながら、村をあげて植林に向うという選択肢もあった。
しかし、当時の人々は、雑木林を残すことを選択した。
当時の詳しい話は聴いたことがない。長老が生きている間に聞いておかなければと思うこのごろである。
僕の祖父は、地域の里山から木を切り出してくる「木挽き」をしていた。早くに他界し、植林の話に加わったかどうか定かではないが、きっと反対していたと思う。
僕は今、里公文という大字に住んでいる。祖父が60年くらい前に建てた家だという。豪邸ではないが、良い木がふんだんに使われている日本家屋で、住み心地の良い空間を作り出している。
里公文という地域には、昔の名残で入会地が存在する。
入会地は、地域の人が所有する山で、昔は薪を取ったり、キノコを採ったしていた。いろいろな自然からの恩恵を地域の人で分配するしくみなのだ。
今では、毎年の地区総会で、マツタケ山の競争入札があるくらい。入会山でなにか取ってくるということはなくなっている。マツタケがざくざく採れるかというとそうではなく、毎年数本採れるだけだという。
そう倭文地域には、雑木林がいたるところにあるのだ。
我が家の目の前にも雑木林のある丘陵がある。
今年の1月、雑木林の木を切り倒してもらった。
家の南側にある丘陵に生えている雑木が、60年ほど放置されて大きく成長していた。冬になると家まで影が届きそうになったものだから、持ち主に相談し、切ってしまうことにしたのだ。
林業の仕事の経験もあるシルバー人材に頼み、2人でのべ11日間かかった。
クヌギ、マキ、ミズナラなどの炭にできる木や、ヤマザクラ、ホウノ木、ヒノキなど様々な木が生えていた。
地域の人に、「持って帰っていいよ」と声をかけると、見る見るうちになくなっていった。キノコを植えるのだそうだ。
大きな木が何本も重なって手がつけられないところと、上の方には、まだまだ木が残っている。
この次は、斜面に横たわっている丸太と切り株にキノコを植えるのだ。
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