忽然と姿を消すことである。
「逃亡する」と表現する人がいるが、引越しである。
それも見事な。
一夜にして巣箱をもぬけの殻にしてしまうのだ。
「助けて~、私のかわいいミツバチが、怖い顔をしたのに襲われてるう」
日本ミツバチ仲間のFさんから電話があったのは、昨年秋、日曜の朝だった。
そう、2008年春、巣箱に入るハチ達の劇的な瞬間に出会うことができた、あの巣箱だ。
今回、引越しされてしまった群は、昨年2009年春にやってきた群だった。
1年目(2008年)の群は、ハチ蜜をいただいた後、全てが巣の中で死んでしまっていた。
友人の養蜂家は、餓死したと言った。
たっぷりと蜜が残っているのになぜ餓死したのだろう。
我々が無理やり蜜を採ったため、生きることをあきらめてしまったのだろうか?
だとしたら、むごいことをしたという気持ちになる。
もっと仲良くなってから、蜜をもらったほうがよかったのだろうか?
2008年のさみしい冬が終わって、2009年春。
Fさんの巣箱には、今年もハチ達がやってきた。
「今年は、蜜採りはやめたほうがいいね」
「そうですね。ここでもっと増やしましょう」
そう話し、時々様子を見に来ては、「今日も元気に行き来してるね」と姿を確認していた。
「スズメバチが来てる」
Fさんから悲鳴に近い連絡が入ったのはその年の秋。
スズメバチ用のトラップを仕掛けていて、その中にたくさんスズメバチが入っている。
トラップがあろうと、せっかく見つけたエサの群、執拗にミツバチを狙ってくるのだ。
それから、Fさんは毎日のようにスズメバチを叩き落し、退治していったのだ。
ミツバチもだまって餌になるわけもなく、何匹ものスズメバチを熱殺していた。
そんな日が数日続き、運命の日がやってきた。
「助けて~、私のかわいいミツバチが、スズメバチに襲われてるう」
「巣の中から、怖い顔したのが出てきた」
Fさんからの電話だった。
「今からすぐ行きます」偶然休日だったため、ネット付きの帽子を取り出し、駆けつけた。
ミツバチはいなかった。
代わりにスズメバチ(キイロスズメバチ)が巣箱を出入りしている。
焚き火をして煙を近づけながら、巣箱の中のスズメバチを数匹殺し、おそるおそる巣箱を運んだ。
軽い。
蜜がたっぷりあるなら、もっと重いはずだ。
そして、切り離してみてはっとした。
もぬけの殻になっていたのだ。
蜜もほとんど残していない。
その日来たときは、ミツバチが全滅したのだと思った。
ミツバチの素晴らしさは、そんな僕らの無知をはるかに超えていたのだ。
「ニホンミツバチが日本の農業を救う」(久志冨士男 著)でに以下の説明がある。
逃亡を決めるときは、・・・まずみんなで討議し決議するのである。そして移転日を決め、その一週間前から無駄なミツと花粉は集めない。そしてその前日には、貯めているミツを全員が腹いっぱい食べる。噛み破られた巣房から流れ出る蜜で巣門が濡れる。そして当日、一斉に巣を出てあっという間に飛び去る。(以上、一部抜粋)
僕は、もっと周到に準備をしていたのだと思う。
女王は産卵をやめたはずだ。幼虫が全て成虫になった段階で、徐々にいなくなったのではないか。
門番と兵隊を残し、あたかも万全の巣であるかのように見せかけ、実は着実に引越しを進めていく。
そうでないと、大量のミツを運ぶことができないと思う。
僕ら人間も、スズメバチも、そこに皆残っていて、一生懸命防戦しているんだと、まんまととだまされたのだ。
この一件で、ますますミツバチを尊敬するようになった。
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