本当によいスープ飲むと、身体の中にじわっと染み渡るように入っていく。
ほっとするような、安らぐような、そんなひととき。
あなたのために
~いのちを支えるスープ~
辰巳芳子 著(文化出版局)
を読むと、スープのよさ、スープにつかう素材の大切さがわかる。
少し抜粋してみよう。
「つゆもの、スープ」と人のかかわりの真髄は、と問われましたら、あらゆる理論を超えて、「一口吸って、ほっとする」ところ。いみじくも「おつゆ」と呼ばれている深意と答えたいと思います。
作るべきようにして作られたつゆものは、一口飲んで、肩がほぐれるようにほっとするものです。
滋養欠乏の限界状態で摂れば、一瞬にして総身にしみわたるかに感じられるそうです。この呼応作用は、いつの日にか解明されますでしょう。
「おつゆ-露」いつ、どなたがこの言葉をゆかいはじめられたか知るよしもありませんが、露が降り、ものみな生き返るさまと重ねてあります。
私たちの先祖方の自然観と表現力をたたえ、この美しい言葉を心深く使ってゆきたいと思うのです。
以上、まえがき「スープに託す」より。
各国各民族の食文化は、人と風土の関係から生まれ、そこに生き続ける人々の資質を生み育み、生命の完成に向かわしめる。
食文化はすべての文化の母胎であり、興味深いことに全く粉飾不可能な文化である。そこに、民族の資質はいやおうなくあらわになり、いたって端的に示される。
”出汁”は、日本の食文化の特質の一翼を担っているといっても過言ではない。
精進料理を除いては、出汁は海からのたまもので作られる。(中略)
これらの材料の組合せによる、味と滋養の相乗作用を経験の蓄積で獲得し、多様なる”食べ心地”を編み出したのが、日本の調理である。(中略)
日本の出汁が淡くはあっても、食物の食べ心地の下地となって、毎日欠かさず摂取していく滋養は、ありがたくも過不足ないものなのである。
・・・、よい汁もの、よいスープを飲んだ後の体の反応は――体が手足の先まで温かくなり、それが持続する。単に温かい飲み物を飲んだ場合とは異なるはずである。
以上「出汁について」より。
冒頭で紹介した感覚は、きちんと出汁をとった薄味の味噌汁を飲んだときのものだ。
一口すする。
「薄いなあ、物足らないなあ」 と舌で感じても、飲み込むと体の中にじわっと染み入るのがわかる。
内側から染み入る味噌汁で、身体が喜んでいるのだ。
食べ終わったあと、過不足ない。
満腹で体が重くなるような感覚はこない。
「おいしいなあ」ほっとしておもわず声になる。
そんな味噌汁を、昼食に出し続けたい。
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